ふたたびはわたらない橋のながいながい風

相も変わらず
負け試合を意気揚々と

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寒中見舞い
年賀状をすっかり返し忘れていた友人へ
寒中見舞いを。

寒中見舞い

切り絵でハガキを作成。
なかなかいい感じ。
年賀状よりよっぽど手間がかかってる。まあ、1枚しか作らないしな。
出しそびれた罪悪感と
なんか作りたい気分のタイミングが丁度あったということで
あと相手の年賀状が凝ってたので対抗意識(?)

ちなみに今年の年賀状も、自分で描いたので、手作りっちゃ手作り。





01:31 | つくること | comments(0) | trackbacks(0)
明るい夜
っていう題名の絵を見た。
世間的には、有名でもなんでもない
ほとんど無名な絵描きが描いた絵で。
しかも古いカタログだったから、白黒印刷だった。
実際の色も分からない、空と雲と数本の木が描いてある
その絵は昭和20年前後位に描かれたものだった。
今から50年近く前に描かれたとは思えない
モダンな表現と保守的で神経質な感じが
同居しているような「明るい夜」の風景だった。

恐ろしく格好良くて、
絵というものの可能性を
知った気がした。
見たものをそのまま映すのではなく
目で見える以上に
ダイレクトに
伝えるちから。

おそらく、ものをつくるとしたら
それ位の
凄みがなければ
それは只のゴミのようなものなのだろう。
目で見えたり、感じ取れる世界は
普通に各個人で見て感じ取ればいいのであって

わざわざ誰かに提示される必要は無いのだ。

そんなプレッシャーをかけられた気分がして
自分の描く絵に嫌気がさしてみたり。
でも
人に見せることに、興味が持てない私が描く絵は
誰かに何かを伝えるちからなんてものは
元々もちあわせていないのだと開き直ったりもした。

明るい夜とは。
都会の夜でもなくて
月明かりの夜でもなくて

なぜか、ものがくっきりと粒子までみえるような
冬の夜なのでは
と想像してみた。

今、何も伝えることの無い私の描いた線も
私が生き抜く力になっていることは間違えない。
そして、いつか誰かを動かす線になる可能性も
あるのかも知れない。

art is long  life is short

本来の意味なんてどうでもよくて。
やはり描かれてしまった一本の線は
どこまでも残るっていう
プレッシャーと可能性があることは
なかなか悪くない事実であると思うのだ。

00:42 | つくること | comments(2) | trackbacks(0)
菖蒲の立ち姿
土曜恒例の日本画へ。
本日は菖蒲。

野の花菖蒲の立ち姿はとても美しい。
すっと立っているのだけど、微妙にねじれており、それが色気になる。

描く時もひねりすぎれば、色気過多になり気持ち悪い。
まっすぐ描きすぎれば、棒みたいで色気が無い。

難しい。


私は菖蒲のような立ち姿でたつ、立つ女性になりたい。かも。
00:00 | つくること | comments(0) | trackbacks(0)