ふたたびはわたらない橋のながいながい風

相も変わらず
負け試合を意気揚々と

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最後尾をぐるぐるまわる
思いのほか居心地がよいから
見たくないものを見ていないから
明日への責任がないから

日々は穏やかに淡々と
流れていくようにみえるのだろう

おそらく、それが望んでいたこと
それが後で振り返れば
「あのときはしあわせだった」
ということなのではないかと思う

それは私のまわりのどの階層を
取り出して見たところで
全く同じことが言えるみたいだ

生温い空気の中を
周回遅れの最後尾的な気分で
だらだらと着いていくのは
とても気楽だし
決して嫌な気持ちじゃない

ただ、ある日
突然大寒波が襲ってきて気がついたら前にいる人達が実は誰もいなくて見かけ上は先頭ですみたいなことになってそれでも進まなきゃいけない時がきたりしちゃうんじゃないかって

思ったりもするのだ

綻んだ穴は
どんどん大きくなるだけだから
その穴から世界を覗いて
say hello
と言える覚悟を!

10:37 | 思うこと | comments(0) | trackbacks(0)
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